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四季折々の写真・俳句集

aki1933.exblog.jp

写真と俳句で綴る日々の記録

<   2017年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 夏風邪がいつまでも抜けずに、横になって過ごしている
日々にうんざりしていたのだが、今日届いた一冊の冊子に
元気を得た。青淵8月号俳壇に上掲の句を採っていただき
選者講評まで添えてある。5月の八ヶ岳の山荘で詠んだ句。
冠雪の甲斐駒ケ岳が田の面に映り込んで輝いていた様を句
にしたものです。毎月3句を青淵俳壇に投句しています。
   いきいきと諏訪大社にも遅き春
   青空や百花繚乱諏訪の春
<選者講評>
   南アルプスの甲斐駒ケ岳は、山岳信仰によって
   開かれた古い歴史がある。降った雨が山全体の
   花崗岩で濾過され、麓に湧き出る。その名水が
   田に引かれて稲を育てるのである。田に水を与
   えた甲斐駒は、自身の姿を田に映す。夏がすぐ
   そこに来ている風趣を悠然と描いた。
 この時家族やYMCAの友人たちが、大勢山荘に集まり
ピザパーティーに興じていたので、写真撮影のタイム
リミットを失いよい写真が撮れなかったのです。山の
写真は中々難しいですね。でも山の団十郎と呼ばれる
甲斐駒ケ岳の神々しい山の雄姿は、しっかり目に焼き
付いています。
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<青淵その二>
 青淵(渋沢栄一記念財団発行誌)は亡夫が長年愛読し
俳句欄への投句を続けていたので、没後私も投句を始め
ました。八月には、原爆随想に夫の中学時代の友人作家
の寄稿を読ませていただいておりました。
 昨年の8月号でジャ-ナリストSさんのお書きになられた
文中の人物がたまたま私の父の従弟にあたる方でした。
感違いの部分を気付いていただくために、パソコンで検索
した資料と、子息が中国新聞の編集局長をされた方ですと
青淵編集部気付でお手紙をお書きしました。戦後2年目に
音楽会を聴かれたとの記述はあり得ない話でしたから。
 一年が巡り今年の8月号Sさんは広島を訪ね見事な追悼文
を寄稿してくださいました。私の手紙に茫然となさった由、
わが親族の誇りであった芸大出のヴァイオリニストO氏が
原爆後遺症のため若くして亡くなられたことの前後を
しっかりと記述して下さったのです。
 戦争が激化し東京から広島に疎開、女学校の音楽教師の職
を得て暮らし始めた矢先でした。焼けて行く我が家から唯一
持ち出されたヴァイオリンは当時小学5年生だった息子Sさん、
父は恩師家族の消息を訪ねて市内を歩きまわり、被爆後遺症の
ため命を失ってしまわれたのです。
S様、追悼文、本当に有難うございました。

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by aki1933 | 2017-07-28 13:06 | Comments(0)
 毎年8月の原爆忌が近づくと、小学6年生だった私が広島県北
山県郡蔵迫小学校の校庭で体験した原爆投下の時の衝撃を思い出す。
光線そして大音響、そしてむくむくと立ち上がる巨大な雲の柱、
白い雲の柱は、だんだん横に広がり数日間も広島の上空を覆っていた。
 その雲の下で実に14万人の犠牲者が、うごめいていたのである。
その広島から、多くの犠牲者の群が、救いを求めて県北の大朝の病院
にむけて、ひたすら歩く姿を、小学生だった私は、目撃していた。
私の疎開していたお寺の前の街道を歩く人々の群れは、魂のぬけがら
のような人達、異様だった。
 私は、広島弁をうまく喋れない東京からの疎開者でした。あれは 
いじめだったと思います。「おどりゃちいとこうへいなのう」と
東京弁を生意気と思われて、無視されていたようでしたが、めげずに
好奇心のままに村の人々の暮らしを観察していました。かなり豊かな
村落でした。4月から9月までの短期間でしたが、田植えの時期には
学校は農繁期休暇があり、その分夏休みが短縮されて、8月6日から
夏休みが始まり、学童は期末の終業式で校庭に集まっていたのです。
 8月15日終戦後に、村の鎮守様の杜で催された村歌舞伎に、疎開
児童も招待され、とても普通では口にできなかった牡丹餅をいただき
ました。広島で亡くなられた親を悼んで村人からのお心遣いかも知れ
ません。
 演目は那須与一、源平屋島の戦に登場する弓矢の名人、源氏の武将
那須与一の台詞は、昨日まで馬を使い田を耕していた村人、「やあやあ
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ」と立派な衣装を
身に付けた武者姿に驚きました。この村歌舞伎は、長く村人により
伝承され、村の鎮守様に奉納されてきたもの、後にテレビ特集番組で
知りました。
 蔵迫小学校の校門前に、真珠湾攻撃の際の「九軍神」の一人の出身校
の碑が建っていました。これも後に江田島海軍兵学校を訪ねた時に確認
当時をあれこれ想い出しました。今パソコンを検索すると蔵迫村の事が
かなり詳しく映像化されています。昔と変わらぬ勝龍寺、小学校は
廃校になっていました。行ってみたいなと、叶わぬことながら思います。
 9月になって、全員広島に帰れることになりました。幸いに私の疎開先
祖父の家は焼け残り修理してやっと住める状態でした。
千田小学校の生徒に学校再開の知らせが来たのは、11月のことでしたが、
登校して来たのは僅か十数人でした。焼け野が原の防空壕に焼け跡から石
を拾ってきて椅子にして授業、雨の日にテントが準備され、渡されたゲラ
刷りの教科書に墨塗りの作業でした。唯一焼け残った「ご真影奉納庫」が
先生方の宿舎として使われていました。女学校の入学テストのための補修
授業もそんな中ありました。私は広島県立第一高等女学校、今の皆実高校
に合格することができました。父が赤紙で召集されたままでした。音声の
やっと聞き取れるラジオに耳をつけて、復員便りを聞きました。外地から
浦賀に復員してきた兵士は56万人、舞鶴港や博多港を含めるとどれ程の
数か想像もつかない数です。
 そのうち千田貯金局の庁舎が小学校の校舎として使われることになった
のです。原爆詩「うましめんかな」の舞台となった場所です。凄いですね。
あの70年草木も生えないだろうといわれた広島が、一歩一歩たしかな歩み
を遂げていくのですから・・・。父たちの世代は、戦争の事は殆ど口に
しないまま働き、日本を復興させ、世を去りました。
 そして昨年のオバマ大統領の慰霊訪日までの道のりを思うと、感涙し
胸がいっぱいになるのです。私は、ささやかに文を遺しておきましょう。
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by aki1933 | 2017-07-27 21:14 | Comments(0)
九州北部の洪水に続き、秋田県を襲った川の氾濫の状況は
恐ろしい。夏の高温が原因だという。一方で東京の水不足が
心配されているのです。 この厳しい夏に、先週はひどい風邪
を引いてしまい苦しみました。激しい咳は未だ続きます。
通院中の整形外科医から葛根湯を処方されているので、
ひたすら安静に努めて過ごしました。 先日、肩こりの原因と
なる頚椎すべり症の私のレントゲン写真を見て医師の説明を
受けました。このまま放置すると、車椅子になりますとか、
驚きました。週二回の理学療法士による治療もしていただける
病院なので、何とか諦めずに少しでも快方に向かって、頑張り
たいと思います。 理学療法士の先生の説明によると、腰椎を
しっかり立てることで、頚椎の前屈が改善されるとのことで
私の姿勢のチェックをしてくださいました。鏡の前に立つ姿は
本当に老人そのもの、これは相当大変です。
姿勢をしっかり意識しなくてなりません。

by aki1933 | 2017-07-25 08:07 | Comments(0)
 銀座で開催の山崎曜氏の「製本展」を観に行きました。
和光裏のビルを次男と一緒に訪ねました。様々な創意工夫
があり、まさに世界でたった一冊の本といった趣のある本
ばかりでした。私は亡夫の遺したエッセイ集「あそび心」、
「続あそびこころ」を箱入りにして製本をしようと考えて
おりますので、色々と材料選びに心を巡らせていたのですが、
お腹を空かせた次男が、銀座は嫌だよというので有楽町から
桜木町まで足をのばすことにしました。
 海の日のみなとみらいは、爽やかな海風が吹いて、本当に
素晴らしい! 駅前のビルの7階レストラン「サンマルク」
窓際席を希望して、白い帆を拡げた帆船「日本丸」の優雅な
姿を撮りまくりました。30分も電車に乗れば、この景色が
観られるのですから、大正解でした。
 遊園地のスピニングコースターに乗りたいというので、下
のベンチで待つことにしました。やっと降りてきた次男は
満足そうな笑顔です。大行列だったそうです。帽子を飛ばされ
そうになったので、ロッカーに預けたのだそうです。(笑)
一日中、私の重いカメラリュックを背負いがんばってくれました。

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新幹線の通過を見て楽しみました。広島に行こうねと約束
しました。広島アンテナショップにて

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by aki1933 | 2017-07-19 17:37 | Comments(0)
 太極拳リーダT氏のグループ展が銀座プロムナードで
開催のご案内をいただきましたので、久々に銀座まで
出かけました。地下鉄が交錯する銀座、地下道を探し
あぐねてうろうろ、息苦しくなってしまい諦めて地上
に出て、青い空を仰ぎ、空気を吸い込みました。
 小平ksncも銀座散歩撮影会のご案内がありましたが、
この調子では、皆様に迷惑をおかけしてしまいます。
4丁目和光前から日比谷公園に向かって歩きました。
喧噪を逃れて、懐かしい公園散策、松本楼でお昼をとり
東京駅までバスに乗り、中央線で武蔵小金井まで、
見覚えのある風景をカメラに収めつつの銀ブラでした。
何か中途半端でしたが、結局60~70年以上も昔を
偲びながら歩いたことだった・・・のですね。

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by aki1933 | 2017-07-04 09:38 | Comments(2)
 長男がドライブに誘ってくれました。小雨の降る土曜、
気分転換に4人家族で例によって行く先も知らされない
ままのミステリーツアーです。雨も上がり、久々の逗子
マリーナに到着しました。会員制の宿泊メンバーですが、
最近余り利用していませんでした。ヨットハーバー近く
のレストランで地元産の新鮮な材料をふんだんに使った
コース料理をいただきました。海を眺めながらの素晴らしい
寛ぎの時間でした。
 リニューアルされた施設は、ボーリング等は廃止されて
素敵な結婚式場になったりしていました。9月はじめには
ダイヤモンド富士の撮影会の案内も出ていました。もっと
利用しましょうよと話し合いました。写真添付します。

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正面に富士山が見えるはずです。
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葉山沖にはヨットが見えます。
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by aki1933 | 2017-07-02 14:49 | Comments(0)