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四季折々の写真・俳句集

aki1933.exblog.jp

写真と俳句で綴る日々の記録

灼熱のあの日と同じ原爆忌

今年も原爆記念日がやって来ました。73年も経つのです。
当時私は小学校6年生、広島市から13里離れた北広島蔵迫
村に学童疎開していた。光線と大音響、モクモクと立ち
上る雲の柱、広島に新型爆弾投下の報を聞く。疎開先の
勝龍寺前の街道を北へと向かう被災者の群れ、大八車に
乗せられた全身ケロイドの被災者の姿を見る。
先生が徒歩で爆心地2キロ範囲にあった校区の様子を
見に行かれた。やがて終戦。上空を米軍機や見慣れぬ
ロシア機が轟音を立て飛んで行った。
伊達校長先生によってもたらされた報せは悲しいもの
だった。
私と上の弟は、父の応召で東京から母の実家のある
南千田に疎開し、更に戦況が激しくなり学童疎開していた。
母と下の弟は特別被爆者となった。母は長いこと原爆症に
苦しんだ。だが、父が帰還し、元の職場に復帰して横浜に
移住したので、長いこと診断が下りず、東大病院で広島出身
の医師により内部被爆による肺機能低下等を告げられ、
原爆手帳の交付を受ける事になった。母のレントゲン写真を
見て驚いた。左肺がコルク化して肺の映像がないのである。
通常の肺呼吸の半分くらいしかないと言われた。でも72歳
まで頑張って生きて、原爆体験記を遺していった。そして
後年私が原爆資料館で見つけ本当に驚いたのであった。
毎週末、小金井公園体操会の後のタンポポコーラスの指導を
して下さる元公立中学の音楽教師Nさんも広島出身の方、
しかも同年齢とのことでビックリ!、親しくさせていただいて
いるのです。心より平和を願い、語り伝えていかなくてはと
思うこと頻り。今日は一日中広島への思いを強くし、NHK
テレビの特別番組にも故郷を偲んだ長い一日を過ごしました。
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by aki1933 | 2018-08-07 01:29 | Comments(0)