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四季折々の写真・俳句集

aki1933.exblog.jp

写真と俳句で綴る日々の記録

きのこ雲甦る日や原爆忌

 8月6日の朝、今年は原村に滞在中でしたから、朝食後
原爆記念式典のテレビ中継を家族で観ました。戦争末期
銀行員だった父に突然赤紙がきて出征していきました。
父母の故郷広島市内の小学校に東京から疎開した私は、
さらにそこから山県郡蔵迫・勝龍寺に集団学童疎開。村の
小学校の校庭で体験した原爆、閃光と大爆音が今も甦り
ます。大きな大きなきのこ雲が立ち上りました。その雲は
次第に崩れましたが、数日は広島の上空を覆っていたと
思います。その雲の下の惨状を知ることになったのは、
数日後のことです。全身ケロイドの怪我人を乗せた大八車、
避難者の列が、寺前の街道筋をよろよろと歩き、一体何事
が広島におきたのかと、不安で過ごした日々でした。
 先生が徒歩で広島まで、家族の安否を調査に行かれました。
爆心地から2キロも離れていない千田小学校でしたから、犠牲
になられた親ごさんも多く、この報告をどうして生徒たちに伝え
たらよいのだろうと、無事でいた母に伊達校長は嘆かれたと
後に母から聞きました。爆心地を親の消息を求めて歩かれた
先生、14万人の犠牲者。そしてあれからもう69年。
 広島市長の平和宣言の後、広島の小学生男女の平和への
メッセージは、とても立派でした。しっかりした口調で、自分たち
の思いを堂々と訴えていました。
 続いての阿部晋三総理の世界に向けての演説は核保有国
指導者に「核を捨て対話を」と呼びかけるものでした。 
 特別被爆者だった亡夫の名も収められている碑に私も遠く
から平和の祈りを捧げましょう。
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by aki1933 | 2014-08-06 20:12 | Comments(1)
Commented by at 2014-08-10 22:55 x
8月前半はいつも友人と核について、原発について話をします。
犠牲になった方々を思うと眠れぬ夜もあります。